日本の"地方教会"の主要な長老たちの発言の記録
INDEX
T.吉○氏と菅○氏の会話の記録
U.広○氏と西○氏の"交わり"の記録
V.長老たちのその他の発言の記録
T.吉○氏と菅○氏の会話の記録
この文書は主に元長老の菅○氏と日本の「地方教会」の統括的責任者である吉○氏の間で交わされた会話の記録に基づいたものである.日本の筆頭責任者とみなされていた重要な立場にある吉○氏の発言は記録して置くことに十分意義があるものと考える.この中において吉○氏の発言内容が,その良心の葛藤を経て著しく変化して行く様子がよく観察できる."主の回復"においては、しばしば個人の良心よりも、ウイットネス・リーの教えや導きが優先されるケースが見られるが、この吉○氏はその典型的症例と言える。文書の前半部は菅○氏が記録したノートをまとめたものである
INDEX
はじめに|吉○・広○両氏の以前の態度|吉○氏の現在の態度
はじめに
言うまでもなく神は人のうわべを見られるのではなく,人の内側を見られる.名前がどうであるかではなく,その実際に注目される.私たちは自分達を“東京にある教会”であり,私たちは地方教会であると誇らしげに叫んで来たが,それは神の目から見て正しいのだろうか.そしてその実際があるのだろうか.もしかして私たちはある宗派になりかけているのではないだろうか.もしそうだとすればそれは恐ろしいことである.この問題を冷静に検討するときは今であると私は痛感せざるを得ない.私たちはこの世の組織ではなく教会である.そして,
情勢は楽観視できない.正に危機的である.
ある人々は“そのうちリー派は凋落する.彼の年齢を考えてみよ”と言う.また“日本の主だった兄弟達はほとんど反リー派であるのだ.だから絶対日本はリー派になどにはならない.大丈夫,大丈夫”と言う.しかしはたして現状はそうであろうか.
1.1. 吉○・広○両氏の以前の態度
日本の諸地方教会はこの両兄弟の大きな影響下にある.はたして諸教会はこの兄弟達を乗り越えて自分達の独立性を守れるであろうか.
A.吉○兄弟の態度
彼は反リーの発言を日本で最初にした人であるが,それにも関わらずリー兄弟に飲み込まれてしまった.彼の初期の発言の証人は多く存在する.
川○兄弟:1988年4月に吉○兄弟いわく“回復をやめたい.代価を払ったのにひどいことになってしまった.10月にリー兄弟がきて私を罪定めするだろう”/川○兄弟:“教会は変質してしまったのではないですか.”
吉○兄弟:“その通りだ”
○沢兄弟:1988年12月に吉○兄弟談:“事実を知らない人たちにはあなたがたが個人的に語りなさい.リー兄弟は明らかに間違っている.1月の曲兄弟の集会はリー兄弟の誤りを兄弟姉妹に宣言する機会なのだ”
菅○兄弟:“私(吉○)は別の集会を始めようとしたが思いとどまった.87年末の事であった.今は様子を見よう.とにかくリー兄弟のしていることは律法学者,パリサイ人と同じである.許しがたいことである”
以上の吉○兄弟の感覚はまったく主からのものであった.きわめて残念なのは,
1)以上の事実をそのまま教会の兄弟姉妹の前に置き,対応策は彼らに任せるべきであったのに,彼は事実を公表することを長い間ためらい続けたことであった.思いの中でいつまでも悩み続けるのならば,必ずリーに飲み込まれて行くと私(菅○)は見ていた.
2)彼の上に日本の諸教会の運命が懸かっているという事実の故,日本の諸教会を守るべく彼は勇気を持って立ち上がるべきであった.そうすれば多くの兄弟姉妹達も彼と共に立ち上がったはずである.
以下,菅○(S)と吉○(Y)の間の会話の記録によって,吉○の心の変化を追ってみたい.
・1989年1月18日(水)長老の集会にて:
リー兄弟が日本に来ることを希望していることを聞いて,
S:リー兄弟の来日は阻止すべきである.なぜなら曲兄弟のメッセージの直後である.曲兄弟のメッセージが無駄になる.(注:曲兄弟の特別集会は1月13-15日)/Y:誰が‘来てくれるな’とリー兄弟に言えるのか.
S:私はできます.
Y:聖書を読み語るという内容の話をしてもらったらいいではないか.
S:問題は話の内容でなく,誰が語るかである.
・1989年1月24日(火) 首都圏の長老の集会にて:
吉○兄弟いわく;
1) 1985年私は台湾に招かれた.それはフィリップ・リーを教会,働きの主役にする目的の集会であった.そこでは彼の前では直立不動になるのである.私はリー兄弟に言った.自分は行けません,と.
2) 最近フィリップ・リーの事が米国の新聞に載った.そこで皆さんは私と一緒に次のように答えて下さい.
・リー兄弟はフィリップを解任した.
・アナハイム教会はフィリップを除名処分にした.
・故に問題は解決済みである,と.
3) 次の3点を大切にしたい.
・主の言葉,聖書のみを模範とし,リー兄弟のしていることは模範にならない.息子の起用は見習うな.
・聖霊のみに聞くべし.人は間違うものである.
・主の御名のみを重んじる.
・1989年1月28日(土) 彼の家を訪問してゆっくり交わる:
吉○兄弟は元気そうであった.
S:水曜日のビデオをやめたらどうか./Y:私もどうしてよいか分からない.
S:ドイツ,香港をどう思うか./Y:リー兄弟をここまで追い込んだ功労者である.勇気がある.もちろん彼らは地方教会である.(曲兄弟,張兄弟,劉兄弟の違いを語り)劉兄弟は集会の中でリー兄弟を賛美している.兄弟姉妹にリー兄弟の事を話すときは話し方が大切.
S:大阪はもはやリー教会と言えるのではないか./Y:そういう言葉はないが事実はそうだろう.
S:吉○兄弟の作戦は分かるがもう少し押す必要があるのでは?/Y:・・・,台湾の90%はリー派である.萩○兄弟の真意を知るべきである.彼にだまされてはならない.
S:これからの青写真を教えてくれ./Y:分からない.
S:教会は自由でなくてはならない./Y:その通りである.東京教会に直接彼らの手が伸び,われわれを排除しようとすればその時は立ち上がるべきである.ローズミード,香港,ドイツも強い干渉を受けたので立ち上がったのだ.そういう時に立てば兄弟姉妹を得ることができる.今は香港,ドイツのようにやれと皆に勧めるわけには行かない.
S:あなたはリー兄弟に謝ったのか?/Y:はっきりと謝ったわけではない.しかし,リー兄弟の息子のことを兄弟達に話したことは彼に告げた.
S:しっかり真理の上に立ってもらいたい.あなたがリー派になってしまったのではないか,やる気はあるのか,と疑問を抱いたこともあった.しっかり真理に立ってくれるのであればいままでどおり協力したい.
Y:大阪は私が反旗をひるがえすのを待っているのだ.大阪に主導権を奪われるのは嫌である.今は東京には自由があるからよいではないか.
S:リー兄弟は精神病ではないか./Y:そういうところもある.
Y:リー兄弟の台湾での作戦が成功すれば,自由地域にも手を伸ばして来るかも知れない.棚○兄弟はフィリップは功労者であると言っている.
S:私が恐れるのはフィリップではない.リー教会になってしまうことである.私たちが宗派を出たのは真理のためである.なのにリー派になるのであれば宗派を出る必要はなかった./Y:今は様子を見るときである.彼は80歳であなたは40歳であるから勝敗は目に見えているではないか.リー兄弟は曲兄弟を恐れている.新聞にも載った以上,リー兄弟ももはや息子を立てることはすまい.フィリップを解任し,アナハイムの教会は除名したから問題はないと言おう.しかしその実際がなかったらその時は立ち上がってもいい.私と広○兄弟がリー兄弟に対して先手を打ち,福音書房を返すと言ったところ,リー兄弟は,いやそのままでよいと言った.これは大成功で,書房を取られずに済んだ.
ところが2月9日に至り,彼の態度は急変した.電話を受けた菅○は呆然自失そのものであった.
注)彼がここで急変する理由となる外的事実関係についてはある程度把握しているが、それをここで書くことはあまりにもおぞましいのでやめておく
・1989年2月9日(木) 吉○兄弟よりの電話:
1)この間,リー兄弟に謝らなかったと言ったが,実は手紙で謝ったのだ.そのようなことを言ってすみません.
2)レビ記のビデオをみて皆はリー兄弟についていく雰囲気である.どうにもならない.
3)曲兄弟を招いた後自分の病気が再発した.このことを通しリー兄弟に反対するのは私のすることではないと分かった.
4)私と一緒に歩んで下さい.そうしないと少数派になってしまうよ.
5)リー兄弟を招かなくてはならないはめになってしまった.
・1989年2月12日(主) 朝Aホールにて:
吉○兄弟と初めて対決する雰囲気で話す.
S:自分の良心に照らしてこの間のあなたの感覚は受け入れられない.劉兄弟は集会の中でリー兄弟を賛美しているとこの間言ったのに,なぜ劉兄弟を特別集会に招くのか./Y:それはリー兄弟のメッセージがすばらしいと劉兄弟が言っているという意味である.
S:劉兄弟を招けば当然彼はリー兄弟を招けと言うに決まっているではないか.
Y:それは予測できなかった.
(注:劉兄弟を招こうとしたところ,彼の指示によりリー兄弟を招かざるを得なくなったことを指している)
S:フィリップを除名にしたのは表面だけではないのか./Y:その真偽の程は分からないから,何とも言えない.
S:もし形だけ首にしたのであれば最も悪質である.なぜなら人をだまそうとすることだからである./Y:リー兄弟は今はよいメッセージを語っているからいいではないか.
S:今のメッセージがどうかということではなく,リー兄弟がどのような人間かということが大切だ.私は彼という人間性を受け入れられない.
Y:ニー兄弟の“教会の諸事”を読むと今のリー兄弟の実行と同じである.
S:ビデオを見て兄弟姉妹達はみなリー兄弟についていく構えだというが,それはわれわれが正しく導かないからそうなるのではないのか.事実を隠しすぎたのだ./Y:その指導は私にはできなかった.
S:私はわれわれがリー教会になることを恐れるのみだ.
Y:あなたは東京に住む人である以上分裂はできない.今ほとんどの人が右に行こうとするときに,一人だけ左というわけにはいかない.
・1989年2月12日(日)午後吉○兄弟よりの電話:
1)ここは何も言わずに譲ってもらいたい.
2)お許し下さい.すべては私に責任がある.
3)私は×××になりかけているのだ.
・1989年2月19日(主) 電話にて:
1)完全なリーダーはいない.パウロもそうだ.だからリー兄弟も失敗しうる.
2)リー兄弟の失敗は監督不十分の失敗に過ぎない.故にリー兄弟に罪はない.
3)われわれも罪を犯すではないか.
4)今私は裁かれている.その証拠が私の病気である.私の姉妹の病気も悪化している.命に燃えなくなった.私から主が去った.
5)曲兄弟も裁かれている.彼の妻が癌になったのはその現れである.
6)本当の感覚を言う.今はリー兄弟を離れてやることができなくなった.主が許さない.以前はリー兄弟とやるのが苦しかったのに...
7)リー兄弟は私たちを異端に導いたのではない.だからよいではないか.私はリー兄弟から離れられないのだ.
8)リー兄弟以外に導ける者はない.彼は謝ったではないか.
9)分裂を避けたい.そうでないと今までの努力が水の泡になる.
10)フィリップの罪の証拠は不十分である.
S:大阪と今のあなたはどう違うのか./Y:彼らのやり方は荒っぽい,そこが違う.
・1989年2月22日(水)電話にて:
Y:尻から血が流れる病気になった。これは裁きである。菅○兄弟もおとなしくしている方がよい。これまでいろいろあなたに話したが、これらを取り消します。権威に逆らった裁きである。すみませんでした。
・1989年3月6日(月) 菅○兄弟が吉○兄弟に電話して(○沢兄弟も同席):
S:あなたはアメリカへいくと聞いたが,事実ですか.
Y:私はそれどころではない.もうどうしていいか分からない.■■■■.主を愛する気持ちも失った.私は×××である.主の裁きを受けているのだ.
S:真理に立てばそのような病気は治ります.真理に立って下さい.
心配した私たちは彼のアメリカの親族に西○兄弟を通して連絡をとる.実際■■■■■■■■.○沢(K)は吉○兄弟の家を訪ねた.彼はひたすら頭を下げ続け;
Y:申し訳ありません.私がすべて悪いのです.私は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■.姉妹をアメリカに送り届けてから,■■■■■.あなたがたが高田の馬場で集まって反リー運動をしていることが私を苦しめている.どうかリー兄弟に対して反対するのはもうやめて欲しい.彼にまつわる噂には十分な証拠がない.さもないと主の裁きを受けて,曲兄弟の奥さんのように病気になる.私も反リーの発言をしたために,今裁きを受けている.ドイツのジョン・ソーなども今は元気だけれども,そのうち主に裁かれる.私がすべて悪いのです.すいません.すいません.
K:兄弟,もう休んで下さい./Y:そうします.こうやってあなたと話している気力ももうない.
B.広○兄弟の態度
一方,広○兄弟はどうであろうか.
・1989年2月13日(月) 広○家にて(○島兄弟も同席):
広○兄弟の見解:
1)リー兄弟とその一派の崩壊は近い.その証拠は;
@今回のレビ記のメッセージで自分が何を言っているのか分からなくなっている部分があった.気力が衰えている.せいぜい40分しか語れない.かつての彼らの一枚岩の状態は崩れている.私たちにとってかつては脅威であった.
Aドイツ,香港,お膝元のアナハイムを見よ.それに新聞にも出た以上,何をか言わんや.
B日本の主だった兄弟達もはっきりしている.
Cリー兄弟は計算づくで動く人間ではない.情勢を見て乗って行く人である.
Dスキャンダルに蓋をするわけにはいかない.いずれ皆が知るようになる.
E彼らを正すことは不可能である.
2)われわれは断固として地方教会を守る.地方の立場をとる.リー教会にはさせない.
3)習志野では兄弟姉妹達に適切に語ったのでうまくいったのだ.
4)事実を知らせ,むしろそれを拡増のチャンスにすべきである.
ところが広○兄弟と共に台湾に行った萩○兄弟は桜○兄弟に向かって言った;‘私たちはリー兄弟に諭された.一つになって前進すべきであると.’
そして,報告集会で広○兄弟は次のように報告した:
‘台湾はすばらしい.何の問題もない.’
1.2.吉○氏の現在の態度
1.彼についての私たちの1989年3月の時点での予測
シナリオ1:彼は自分の良心の呵責で苦しんでいるのであるから,それをなだめなくては今後本当に生きて行くことができなくなる.そこで自己防衛のために,
1)リー兄弟を正当化する作業を開始する.それには私たちの存在はじゃまになるから排除しようとするだろう.
2)リー兄弟が正当であることになれば自分の良心の呵責からも逃れられて,おそらく彼は元気になるであろう.そしてますますリー側に立ち,結局は初めは自分が批判していたリー派の最右翼になるであろう.
シナリオ2:シナリオ1のようにすることは自分の良心を敵に売り渡すことである.吉○兄弟ほどの人がそんなことをするはずがない.そこでもしこのままであると,彼は精神的苦悩から廃人に至ることも有り得る.
2.彼の現在
はからずも現在の状況はシナリオ1の通りに進展し,吉○兄弟はまさにリー派の最右翼となったのである.自分が過去リー兄弟にまつわる事実に関する発言をしたが,それらはすべて噂に過ぎない.それを十分確認せずにばらまいた自分の犯した過ちを悔い改める,謝罪する,と彼は言って回っている.5月の特別集会ではリー兄弟を帝国ホテルにとめ,VIPなみの待遇を率先したのは彼であった.その後の彼の証言についてはここを参照。
注)吉○氏は1989年5月10日付け書簡において、「わたしの最初の葛藤はうわさ話からきたのですが、その後のは召会の分裂が最大の悩みでした。主に感謝します。今ではすべての問題が明らかになりました・・・私個人が口にしたことは過去数回にわたってその本人たちに謝罪しています。公で話したことは公で謝罪しております・・・わたしが過去ある兄弟に話したことですが,わたしの最大の過ちは聞いたうわさ話を直接リー兄弟にうかがってから、口にすべきであったことでした。そのことを今回することができて、すべてがはっきりしました。うわさ話は人から人に伝わるにつれて、変質してしまうことが分かりました。主がリー兄弟を用いておられる事実、そして回復訳、ライフスタディ等の聖書からのメッセージは彼の右に出る者がいません。すばらしい供給はみんなの霊的な糧となっていますし、わたしたちの生活、奉仕を確固たるものにする幻、啓示となっています」と弁明しています。しかしながら10年を経た1999年時点においては私たちのこの2つのシナリオが共に実現した.
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U.広○氏と西○氏の"交わり"の記録
本文書は1989年2月21日,日本の「地方教会」の実質的指導者であり、その出版部門である日本福音書房を運営する広○氏が、リーに関する真実を語ろうとするアメリカ帰りの西○氏(Ph.D.)を呼び出し,午後2時から9時40分まで広○家で行われた会話を,西○氏がその場で記録したものである.この場には広○氏夫妻と西○氏の3人が同席した.西○氏は,これを交わりとは言いたくない,実質的には脅迫されたようである,と述懐している。
広○氏の主張は、「リーに関する真実をそのままに語るならば、自分が顧みている多くの"幼い"聖徒らがつまづくことになる」と言うものである。しかしこのような態度は人間の尊厳を踏みにじるものであり、愚民政策である。聖徒あるいは教会は広○氏のものではなく、神のものであり、このような主張こそ指導者としての彼の高ぶりと聖徒たちを自らのコントロール下に置き続けたいという意図を証明する。ちなみに広○氏は、ある機会において、私に対して、ウイットネス・リーの強引な"ニュー・ウエイ"策で傷つき、悩み苦しみ、つまづいて離れ去った人々に関して、「あれは高い授業料を払ったものだ。はっはっはっ・・・」と語った。この時、私は決意を固めた。
注)は特記してないものは編者による。敬称略。
広○:吉○兄弟はリー兄弟の同労者である.教会の中で同労者の間で服従するとかしないとかはあってよいが,同労者と信者の間にその関係があると,地方教会の原則は踏みにじられてしまう.吉○兄弟がリー兄弟にどのように従おうともよいのである.それは微妙な関係をもつものであるから.それぞれの教会はそれぞれでよい.他の教会を支配することはできない.その地方地方で異なっていてよい.ただしそこにいる人がつまづかないように配慮する必要がある.兄弟姉妹が顧みられていればよい.2つの事,1)地方教会の原則が守られていること,2)兄弟姉妹が顧みられていること,以上の2点があれば教会は互いに認め合わざるを得ない.教会を意図的に混乱させようとするグループがあるとすれば,私は彼らとは話し合う気持ちはない.それは分裂・分派であるから.ここで兄弟にまず確認しておきたい:兄弟は教会を分裂させようという意図を持っているのか?
西○:もちろんそんなものはまったくない.
広○:そうだと思う.私もそう信じたからこうして交わろうとしているのだ.静岡は2つに分かれたが,一緒に出来ないから分かれたのであり,あれで良いのだ.もし意図的に混乱させようとするグループがあればそれは問題だ.先日,清水の大○兄弟から電話があり,“静岡にある教会が2つに分かれた”と言うので,私は彼に“そうなるのは当り前だ.それはあなたがたが徳○兄弟を今までないがしろにしていたからなのだ”と答えた.どういう考えを持っている人でも受け入れる広さを持つ−−それが教会だ.先回の火曜日の責任者の集会で○原兄弟がリー兄弟についていけないという表明をした.それを聞いて皆動揺し,それを理解できないと言うが,私は理解できる.○原兄弟の言動には2,3カ月前からの背景があるのだ.教会内ではどんな発言があってもよい.それができない体質であってはならない.現在,リー兄弟に関して消極的な話がなされているが,それが事実として受け入れるか否かということが,‘踏み絵’的になるという感じを自分は持っている.リー兄弟のことはいますぐどうのこうのということでなく,時間があってよい.
西○:話を進める前に兄弟に確認しておきたいことがある.私が海外で得てきた資料は,兄弟もすでに持っていると思うが,兄弟はそれを事実と認めているのか,または単なる噂として疑いを持っているだけなのか,リー兄弟の事,フィリイプ・リーのことについてはどう思っているのか,あなたは彼らが間違っていることを認めるのか否か,確認したい.
広○:それは間違っていることを認めざるを得ない.もうロサンゼルス・タイムズ紙にも載せられてしまったし,皆が知るのも時間の問題である.だから習志野の教会ではニューウエイについていくことをしなかった.この間の主日○原兄弟がここにきて2時間程交わったことであるが,リー兄弟のことは時が来ればちょうど柿が熟して落ちるように思っている.この事は90%まちがいないものと思う.今,嘘だと言っている人もいるが,時間が経てば暴露してくる.しかし今は争いがあり,無理がある.だが,先は見えている.主は放っておくことは有り得ない.必ず取り扱われる.必然的に訂正せざるを得ない.
教会は外部からのもの(迫害・攻撃)でつぶれることはない.それどころかかえって結束を固くする.恐ろしいのは内側からの発酵,内部告発である.日本の他の地方を見ても希望がある.坊○兄弟も以前からミニストリーがおかしいと思っている.坊○兄弟も変わってきた,なぜなら東京に交わりに来る.彼は現時点で良いと思われることをする,という態度である.私たちは大阪と決別したとは思っていない.
札幌の星○兄弟のところも2,3年後には(札幌の)西○兄弟と一つになる可能性がある.
松○兄弟は博士号を棚○兄弟のもとで取ろうとしてきたが,3年前から教会の方向が違うのに自分は棚○兄弟に合わせてまで取ろうとは思わないと考え,その後まったく話を進めていなかったが,最近周りの人から勧められて,再び棚○兄弟のもとへ行くようになった.彼は棚○兄弟も以前とは変わってきていると言っている.大阪ではフルタイマー達を他の地方へも送りだそうとしたが,吉○兄弟が止めるように手紙を棚○兄弟に出した.リー兄弟の話をした場合,それを受け入れるかどうかあ‘踏み絵’になり,兄弟姉妹達が右か左かのどちらかに行ってくれれば良いが,そうでない落ちて行く人が出て来る.彼らにはそれが真実かどうか分からない.
西○:ある人から聞いたが,広○兄弟は私がしているリー兄弟やミニストリーの話に嘘があると言ったそうだが,どの部分が嘘なのか教えて欲しい.私も嘘の情報を人に伝えたくはない.私がこう聞くのはあなたを疑っているからではない.私自身が正確な情報を得たいがためである.
広○:私は嘘があるとは決して言っていない.これは誓ってもよい.ただ完全とは言えない,100%正しいとは言えない,と言っただけである.例えばビデオの訓練費などは正しく使われている.こういうことを言い出すと泥試合になる.例えば‘教会はお金をごまかしている’とか,ある人は‘広○の集会には出るな’と言っている人もある.この前は横浜の兄弟(誰かは不明)が電話をかけてきて,‘ある兄弟の母親がニューズウイークの記者に聞いたところ,リー兄弟は日本に隠し財産を持っているとのことだが,それは本当か?’と尋ねた.リー兄弟が隠し財産を高輪に持っているというのは,あれは私の勤めていた会社‘シ○リ○毛皮’の社長の持ち家であって,そういうことを言うのはまったく争点がずれている.
これはあるカトリックの母親をもつある教派のクリスチャンが、"地方教会"のメンバーから改宗を誘われていた際に、ウイットネス・リーにまつわる噂をその母親から聞いたために、関係のあったニューズウイークの記者に調べてもらった所、このような回答を得た話を、ある"地方教会"のメンバーが聞いて驚き、彼がその確認を広○氏に求めた経緯のこと。吉○氏の書簡によると、このニューズウイークの記事(私はその存在を了知していない)に従って中華日報が記事にしたが(記事の中国語原文のコピーを所有しているが未翻訳)、"地方教会"は意義を申し立てて、中華日報が訂正記事を出したとしている(私は未確認)。
リー兄弟が‘私は神の託宣である.私が話しているとき,人の声に聞こえるであろうか’と言ったにしても,そこだけを取り上げてパラノイアとか言って非難するのではなく,それを言っている文脈を見なくてはならない.
「文脈をみなくてはならない」という台詞は、彼らのよく用いる弁明手法である。これはある長老集会におけるウイッネス・リーのメッセージの内容を知った精神科医師○原氏が、リーをパラノイアであるとし、リーに従えないと宣言した事を言っている。
リー兄弟のことはおかしいと思われているが,全部が言われている通りだとは限らない.それを言うことによって落ちて行く人の責任は誰が取るのか.現在,曲兄弟も言われたように,世界的に全教会で問題がある.しかし日本では吉○兄弟が安全弁の役割をしているので,それらのことが兄弟姉妹のところまで届いていない.しかしこうして西○兄弟が帰国し,アナハイムとかバンクーバーにも日本人の兄弟達がおり,そういう人からいろいろと情報が入って来つつある.それらの情報を聞いて,私たちはよいが,落ちる人が出て来る.第1コリントの11,12章でも,いろいろ問題があるが,その中で弱い人,貧しい人を顧みるということが言われている.
リー兄弟が5月の連休に特別集会に来られることについて吉○兄弟を責めても始まらない.ことの成行きでそうなってしまったからだ.今回私たちが台湾にリー兄弟に交わりにいくが,場合によっては彼が日本に来ることを断わらなくてはならないかもしれない.現在こういう状況でどうのこうの言うのであれば,私たちは同志打ちしなくてはならないかもしれない.2月26日に吉○,萩○,私でリー兄弟に交わりに台湾に行くが,そこで私はリー兄弟に話すつもりだ.まず日本での問題,そしてリー兄弟が日本で強気でやるのであれば,混乱が生じるであろうこと,を.だからリー兄弟が日本で強気でやるのであれば,彼の来日を断わらなくてはならないと思う.リー兄弟が何というか分からないが,それならば行かないと言うかもしれない.あるいは混乱を起こさないように集会するかもしれない.
西○:リー兄弟の面前で広○兄弟はそういうことを言うことができるのか.あなたはそうは出来ないと私は思う.
広○:いや,できる.私は言える.自分は自分の感覚で交わる.
その後ウイットネス・リーの台湾における特別集会に参加した彼の帰国後の発言内容はここを参照のこと。
大事なことは地方教会の原則を歩むか否かであり,もしあなたがたがそれを歩まないならば,自分はあなたがた(高田の馬場を含め,西○ら)とは交わりができない.現在は混乱を避けて行けば必ず嵐は去る.
西○:ニー兄弟の‘正常なキリスト者の教会生活’の中では,教会とは主の権威があるところである,もしそれがなければもはや教会ではない,と言われているが,現在の教会には主の権威はどうなっているのか,それを最高のものとする様子がない.86年2月のリー兄弟の訓練集会において,リー兄弟に全面的に従うということについて,多くの長老達がサインをした.これはあるべき姿ではない.
ウイットネス・リーに対する忠誠を誓わせるために、世界各地の"地方教会"の長老や責任者達に署名をさせた事件。この署名リストのコピーは私のもとにもある。またさらにウイットネス・リーは、ある長老集会において、自分に対する忠誠の意を表すために、長老たちに土下座させてまでその意志を表明させた。このような場面は古の典型的中国独裁者の行動を髣髴とさせる(→参照文献)。
広○:あのサインは認めていない.吉○兄弟もそれについては防衛柵を張っている.あれは汚点である.主の主権に代わるものはない.それは不自然である.
1930年代にニー兄弟に対する批判が教会の中に起こった.その批判が出たときニー兄弟は6年間奉仕から身を退いた.その際,ニー兄弟は姦淫しているとか,女性と同棲しているとか,製薬会社をつくったのは物欲があるためだとか,そこで金を儲けて貯め込んでいるとか,言われた.しかしながら6年後に真相がはっきりしてきた.実は製薬会社の利益は教会の働きのための準備金であったことなどが明確になってきた.教会の中で一つ心で働かなくてはならない人達がこういうことで乱れてはならない.その当時の地方教会は宗派に受け入れられない状態であったから,内部で一つ心が乱れてはならなかったのだ.6年後にニー兄弟が戻ってきて,長老たちに,この道を取るのであればサインをせよと言ってサインをさせた.それは結束をするためであった.長老達はニー兄弟に戻ってきて指導して欲しいと思ってサインをした.これは専制主義の実行ではない.これは前述した流れの中で成就したことである.
習志野ではリー兄弟のことは分かっているから,それから(リー兄弟から)少しずつ離れて歩んで行けばよい.少しずつ変えて行けばできることである.主日の集会でも私たちは台北で何が行われていても興味はない.責任者が交わって語るべき事を決定している.関東地区でも1年前の状況とは現在は違う.現在はニューウエイの挫折感がある.それゆえに修正して行く方向にある.これは主の御手である.以前は広○はリー兄弟のニューウエイを阻止しているという批判があり,一部の兄弟から自分は危険視されてきた.今はかなり状況が変わっている.ニィーウエイにおいてもドア・ノックを一生懸命にやって成功している例(例えば小田原)もある.それはそれでよい.現在関東ではリー兄弟に従うと言う人はごく少数である.しかしながらリー兄弟を悪魔よばわりするところまでは行っていない.その内にはっきりしてくる.ここで西○兄弟に聞きたいが,日本の諸教会を分裂させる意図はないのだろう.
西○:もちろんそんな意図はまったくない.
広○:3年後,5年後という長期的な視野でものを見なくてはならない.吉○兄弟もリー兄弟に対して変わっていく.教会は祝福されて意味,実体がある.教会が祝福されていれば,その状態で他人をも改革できる.自分は首を切られても関係ない.現在他の集会でも福音集会を始めている.リー兄弟はいまだに福音集会には反対であるが,習志野が率先して始めたことで,こんなに(福音集会をする教会が)増えてきている.だから習志野には教会の実体があり,祝福されている.大阪とも問題はない.関東地区では正しい地方教会の道をやっていける.私は吉○兄弟の公正さを見ているし,信じている.いろいろと違ったところもあるが,気持ちの上でずれが生じるから私は譲歩している.しかしながら,教会が混乱することには私は譲歩しない.
リー兄弟を呼ぶか否かは争点ではない.問題は正常化することである.もし呼ばないということになれば正常化できる人をも失ってしまうことになる.責任者の集会で5月の連休に特別集会をしたらどうかという提案があった.それはニューウエイで離れ離れになっている兄弟達が一度集まってもよいということである.張兄弟は忙しくて来れないが,12月には来てくれるとのことである.曲兄弟は秋に来てくれる.香港のトウ兄弟がよいと言った人もいたが,ヨセフ・ファン兄弟がアメリカにいるので,香港を離れられない.リー兄弟を呼ぶことについてもまだこれからいろいろと問題がある.それは特別集会が全国的なものであるために,宿泊の問題とか,集会の場所をどうするかなどである.しかしリー兄弟を呼ぶことについては責任者の間では問題はない.それはよく根回しがされているからだ.ただもし特別集会でニューウエイを押し進めて行くようなことが話される問題がある.これについては○原兄弟が長老の集会でリー兄弟が来ることについて反対の意志表示をした.しかしこれは少数派であり,他の人たちは皆吉○兄弟のやるとおりでよいと聞いている.だからリー兄弟を呼ぶことに無理はない.近く私がリー兄弟の所に交わりに行くと言ったら,吉○兄弟も自分も行くと言った.
10年後の現在はどうか。まさにリー教会と化している。偽りを取り繕うことの当然の帰結である。
西○:教会の中での最高権威は霊的権威である.これまでの話を聞いていると,どうも人間ばかりが動いており,霊的権威がどこかへいってしまっている.人が考えて事を動かしている感じがする.もっと霊的権威を尊重すべきである.
広○:教会は合議で導くものではない.新約聖書でも,いろいろな人が語ってはいるが,最後はペテロとかパウロが決めていっている.リー兄弟の来日についてはひっくり返すほどの理由はない.私は吉○兄弟を責める気持ちはない.これは成行きでそうなってしまったことである.こうなった以上はこれを祝福に変えなくては損である.ここで西○兄弟に聞きたいが,どういう形の教会が一番よいのか?
西○:例えばドイツのように事実をある程度皆に知らせて,今の状態のミニストリーとは切り離して進んでいく.ドイツではそれで一人一人が力強く進んでいる.落ちる人もいない.指導者がそのような形ではっきりと示していけば,絶対に大丈夫である.
広○:1週間前にヨセフ・ファン兄弟がアメリカにいる.自分の毛皮関係の友人でアンリと言う人から話を聞いた.またユー姉妹はアメリカとか台北と交わりを持っている.ビル・フリーマンの教会もより良いわけではない.
西○注:以上の内容は何を言いたいのかよく分からない。
肉もついて来るものである.誰も24時間霊に居続けることは困難である.誰も人を裁くことはできない.そうではなく自分が照らされる問題である.例えば真理とは何かですら,ひともめする話題である.理想通りにいくかどうかは非常に難しい.交わりも霊の導きで行ったかどうか言うのは非常に困難である.改革についていけない人がでる.
西○:その反対に改革しないが故についていけない人がすでにいる.私は何人か知っている.
広○:ちょっと待って欲しい.主を越えて行うことはできない.
西○:現在の地方の教会は宗派ではないか?中世にカトリックしかなかった時代において,それは腐敗していた.カトリックは一つであったかもしれないが,それは腐敗していた.それに対してルターが宗教改革をした.回復であるはずのこの教会が腐敗したら,もはや回復ではない.ここでルターのように腐敗した体質を変えていく必要がある.
広○:もしそれをしたら血みどろの戦いになる.
西○:(その言葉でひじょうに驚いて)私はどうしてそういう言葉がでるのか分からない.そういう言葉は私たちに対してではなく,リー兄弟のミニストリーに絶対的に従っているような大阪の教会などに対して言う言葉ではないか.
広○:いや,血みどろの戦いになる.離縁状を出すことは得策ではない.リー兄弟を排斥することが問題なのではなくて,体質の正常化がメインテーマなのである.私は主の御手を信じる.その証拠は林口とか第6集会所とかも結局は失敗した.第6集会所は購入したものの,そこの住民が立ち退かなかったのでうまくいかなかった.林口は建物を建てるのにふさわしくない土地(湿地帯)であるために,駄目になった.
台北のフェスティバルも大雨でできなくなり,彼らは挫折感を持った.これらのことから見ても,自分は主に対する恐れを抱く.だから慎重であるべきだ.日野の兄弟とか,神原兄弟とかと私は交わってきている.私は彼らも(リー路線から徐々に離れることに)巻き込めると感じている.しかし混乱を起こすのであれば,あなたがたに来て欲しくない.皆リー兄弟に対する識別力はついている.教会はいろんな人が来るが,すべての人にオープンであって,皆内の教会の人であると見なす.
西○:ニューウエイ,献金,方向転換のことなどについて説明がいる.説明なくしてあちらだ,こちらだと言われても兄弟姉妹達も納得しない.献金についても上の人(責任者)だけで決めて,兄弟姉妹達一人一人に説明がないのはおかしい.
広○:それは場があればそうしたらよい.そのことは張兄弟にも尋ねたが,今はその必要はないと言っていた.あちこちでいろんな批判が出ているが,例えば横浜の沢○姉妹は習志野にいる娘さんに電話してきていろいろと話している.それは私の耳にも入ってきている.今の体制を徐々に修正していくからよい.責任者の発表のしかたによっても説明がいろいろと違ってくる.献金も別に強制したわけではなく,各自の負担でやったことだ.いままで競争心でやったところもある.例えば小田原,藤沢である.いまリー兄弟についていくとかいかないとかの問題ではなく,関東地区は一つにまとまってやっていきたいのだ.日本福音書房についてもリー兄弟の委託で会社としてやっているだけだ.吉○兄弟とも一緒にやっていきたい.それは服従するとかしないとかいうことではない.それは同じ気持ちでないと混乱するからである.吉○兄弟に悔い改めよとは言えない.人には悔い改めよとは言えないものである.
教会の中でリーダーシップがないということはない.あってよい.その霊性が問われる.張兄弟の人となりを見ても,彼の霊性はそれにふさわしい.だから張兄弟の歩調に従って進もうと思っている.彼の歩調は模範である.自分でなければ駄目だということではない.西○兄弟の持ってきた文書は証拠が不十分だという人もいる.そうすると党と党との争いになる.なしくずしである.(リー兄弟のように)誇っているだけでは党と党の争いにはならない.
高田の馬場のようにリー兄弟とそのミニストリーのことを批判するな.それを聞いた人がつまずくことになる.
西○:それは事実を語らないからである.実際つまづいている人がいる.
広○:それは誰だ.
西○:例えば私の姉とか母である.私の姉はもう組織はいやであると言っている.
広○:では私が行って,私が交わる.
西○:いやそれはけっこうです.
広○:ドア・ノックで人を失ったが,しかしその逆をやって人を失いたくない.高田馬場のようにあれこれ言うことは泥試合になる.私は騙すつもりはない.高田馬場がエンジョイしてくれていれば,お互いに批判し合わなくても方向付けできる.マーク兄弟はこの間保谷の集会に行って,そこの兄弟姉妹を怒らせてしまった.
こういうことが起こると高田の馬場が非難されることになる.神○兄弟は反リーではない.このことも挑発的に行うと逆効果になる.これは魚釣りと同じである.高田の馬場のようにやることは賢くない.熟するのを見るべきだ.○原兄弟に対しても手を打つな.リー兄弟が精神病であると思っている人はいない.そういうことを言うと逆に皆リー兄弟について行くと言い出す.吉○兄弟を排斥する勢力がある.私は吉○兄弟を後押しすると言っている.曲兄弟が来られたときは,問題はアメリカのことで,対岸の火事であると思っていたが,西○兄弟が帰ってきて,日本でも問題になった.これらのことに手を打つべきか質問したところ,曲兄弟は何も言わずに他の話題に移られた.“教会の諸事”を家庭集会で読んでいるが,これはとてもよい.責任者がどうすべきかがよく書いてある.
西○:こういう状況でこういう書物を出すことは意図的である.
広○:いやそうではない.そういう目でみるのではなく,純粋に見るべきだ.これはとてもよい本だ.日本の諸教会はリー兄弟の建てたものではない.私は東京でできなかったことが,ここ習志野へ来てはじめて出来た.福音の原則をいま私は交わっている.
今起きている問題を吉祥寺集会のベックという人がすっぱ抜きをやろうとしている.
何故唐突にここでベック氏が出るのか不明である。その後彼が"すっぱ抜き"したことは聞いていない。
吉○兄弟は今の段階では交通整理ができない状況である.私(広○)や他の兄弟は一地方の兄弟に過ぎない.情報は時が経てば自然と入って来る.
西○:いまのこの教会の体質を保持してこのまま行くのであれば,同じことをまた繰り返すのではないか.ニューウエイで救われているかも分からない人を無理にバプテスマしたりしたが,そういうことをされた人は二度と私たちのもとにはこないだろう.
広○:いろいろと言うことひとつづつが‘踏み絵’になる.そうするとぶつかる以外になくなる.そうすると互いに傷つけ合うことになる.
西○:先ほどあなたにそれらのことが事実と認めるかどうか聞いたが,あなたは事実と認めると言った.それなのに事実と分かっていることを,何故‘踏み絵’と言うのか.今までの話から感じるが,リー兄弟への異常なまでのこだわりがある.これはもはや宗派ではないか.キリストだけでなく,リー兄弟を受け入れるか否かが問題となっている.
するどい指摘である.この団体ではキリストを受け入れただけでは認知されず、ウイットネス・リーを受け入れることを実質的に強要される。むしろ"踏絵"になっているのはウイットネス・リー自身である.
広○:宗派という言葉は兄弟姉妹の気持ちを逆立てることになる.地方教会の原則を歩めばけんかする必要はない.問題は地方教会の原則があるかどうかが大事である.
西○:先ほどから聞いていると,事実を語ると落ちて行く人が出るとくりかえされるが,今回私はドイツを見てきたが,事実を全ては話さないにしても,ミニストリーの腐敗を告げ,ミニストリーと断ち切っているが,人数は減っていない.ジョン・ソーなども人数が減るどころか,非常に個人が強くなっていると言っている.だから人ではないということが分かる.どうしてドイツでできたことが日本でもできないのか.事実を語って人をつまずかせることはない.むしろ,黙っている方が人をつまずかせることになる.
広○:ドイツはジョン・ソーのような指導者がいるが,日本にはいない.日本の長老のレベルが低い.そこで今年の暮れに張兄弟を迎えて訓練集会をする予定でいる.自分はいままで日本ですべてをかけてやってきた.血を流す程に働いてきた.一人の人を救って教会へ導くことは非常に大変なことである.兄弟はそれを分かっているのか.そうしてこれまでになってきたのに,今回のことで失いたくない.一人を得るのは大変だ.私は血を流すほどにやってきた.
(目に涙を溜め,それを拭きながら)
こうやって得たきた人を失いたくない,彼らを愛している.
西○:兄弟は人を失うことを恐れているが,私たちはそれよりも真理に基づいて歩みたい.事実は事実である.話し方は十分思慮深くして,とにかくなんらかの説明をすべきである.そして方向転換し,聖書に基づいた歩みをすべきである.それが重要であり,その結果を私たちが思い煩う必要はない.結果は兄弟が先ほど言われたように,主の御手に委ねればよい.
(ここで広○兄弟は突如激怒して,持っていた先ほどの‘教会の諸事’を手を振り挙げて西○兄弟の目の前のテーブルに思いきり叩きつけた.バーンというものすごい音がした.そして次のように西○兄弟に怒鳴りつけた)
広○:兄弟はいままで血を流すほどに日本でやってきたのか!!!
西○兄弟は,恐ろしさを心底感じ,ここで張り倒されるのではないかと思ったが,手を出した方が負けであるから,何をされてもよいと思っていた,彼はこれを聞いて何か一部始終が,つまり広○兄弟は自分の力でやってきたのだということが分かってしまったように感じた,と述懐している
西○:しかし兄弟,それは主が兄弟の内側で働いて,主がされたことであって,兄弟の力でやってきたことではないでしょ.
広○:もちろんだ.自分は誇っているつもりはない.
(ここで彼は急に静まっていく)
自分はビジネスをやってきた人間である.ビジネスの世界で自分はいろいろと学んできたが,自分は自分に合わない不穏分子を切ることができる人間である.しかしここは教会だから,そこまではできない.しかし,過激な発言はやめよ.教会の中では何をしてもよいが,しかし過激な発言はやめよ.
最も過激なことを語っているのは広○氏自身である。この言葉は実質的にほとんど脅迫である。
吉○兄弟と1年がかりで交わってきた.藤○兄弟,神○兄弟らと交わってきた.いろんなやり方はあっても構わない.(リー兄弟の)教えは受け入れて行く.しかしながら30年前にリー兄弟がしたレビ記のメッセージよりも今回のものの方が冴えていない.だからリー兄弟のやっている路線でこれから押し進めるつもりはない.
(ここで高田の馬場の集会に出ているある姉妹から電話があり,広○兄弟はその人に“このような状況の中では彼らは宣戦布告すべきではない”と説得していた)
西○:兄弟は一匹の子羊も失われたくないと言うが,私も一匹の子羊である.教会がこのまま行くのであれば,私はついて行けず,失われてしまう.
広○:(頼み込むようなようすで)兄弟,きょう交わったことを本当に分かって欲しい.(これを繰り返す)
西○:広○兄弟のいわれることは分かった.しかしこれは私がドイツで教会のビジョンを初めて見たときの事と同じで,その見たことには逆らえないから,それを皆に話した.これと同じ事である.だから見てしまったことは,自分の心には逆らえないし,人に語るのも非常に自然である.
広○姉妹:そうね,そうね,そうよね(と相づちをうつ).見たことはしかたないわよね.
西○:広○兄弟の言われることは分かった.しかし,次の2点において同意できない.1つは事実を語ると人が落ちると言うが,反対に言わないことでつまづいている人がいるのだから,こちらの方が重大な問題である.2つめは,徐々に軌道修正できると言うが,それはきわめて楽観的な見方であり,私はむしろ悲観的に見ている.私はできないと思う.このままリー路線でずるずると行ってしまうのではないか.
これで会話は終わり,彼らは分かれる.広○兄弟は西○兄弟に泊まっていくように言ったが,西○兄弟は恐いのでとにかく帰りたかった,と述懐している
* * *
この記録は広○氏をはじめとする"地方教会"の責任者達の一連の発言を記録するものである.上記の広○氏の真実を知っている西○氏への発言内容と、本記録にある真実を知らないものと彼が思っている人々に対する発言内容を比較参照されたい。
■1988年7月25日 ○沢,中○(K)兄弟と中○(E)兄弟との交わり:
○沢,中○(K)兄弟:ニューウエイは明らかに間違っている.その間違ったことを公に宣言した以上,それは公に撤回されなくてはならない.事実を皆に明かにし,間違った時点まで遡って処理するべきである.
中○(E)兄弟:
1)自分もニューウエイが始まった時,それまではリー兄弟の導きにはアーメンがあったが,今回ばかりは実のところアーメンがなかった.しかし流れに従うべきであると感じ,それをやった.
2)実際台湾にあれだけの人と金を集めてやりだして,それで失敗しましたというのでは,これは世の中でも通ることではない.たしかに後始末が必要である.
3)リー兄弟の噂とかも含めて,それを公に一般の兄弟姉妹達に語った場合,彼らをつまづかせることをおそれる.今は自分もどうしてよいか分からない,動きがとれないと言うのが本当のところだ.いずれにせよ,時間がいる.
4)吉○兄弟が***になったのもそのプレッシャーのためであり,無理もないことだ.
■1988年9月23日(金) 特別集会(代々木にて)
広○兄弟のメッセージ:
1)教会はキリストの体であり,宗教ではない.
2)キリストを生き,活用し,機能する.リー兄弟が“人生の奥義”を用いて,ドア・ノックを進めたのは,誰もが容易に機能することができるように考えたからである.自分の言葉で語れない人でも,“人生の奥義”を使えば福音ができる.
3)増し加わりが大事であるが,あまりがんばると目標を見失ってしまう.ふり返る必要がある.全員が祭司である.一つである.
4)お兄さん格の人にレベルを合わせるのではない.赤ちゃんに機能させよ.ドア・ノックはよいが,生けるキリストの体を忘れてはならない.方法ではなく生きることエンジョイに焦点をおくべきである.
5)日本では努力する割に人は救われない.素晴らしいメッセージで感動させようとしても駄目である.キリストを生きる場面を提供すべきである.習志野では39人救われ,この人たちを落とさないように努力したところ,38名が残った.
6)やり方の原則を教え,それを実行する場面を提供するとよい.後は実際に実行しているかどうかを観察する.赤ちゃんには暴れる場所が必要である.習志野ではその場面として福音集会をもった.50名しかいなかったのが,260名も集まった.
■1989年1月14日(土) 曲兄弟の特別集会の長老の交わりで
広○兄弟:
1)地方教会はすべての人を受け入れるべきである.主張がどうであっても構わない.あることを言っている人を排除するならば,それは宗派である.
2)一つについて見たい.ネヘミヤ1:1−3;2:5,13,17;3:1,17,23;4:6,17;詩編122:3,4
a)城壁は証である.ネヘミアの時代には宮はあったが,城壁はなかった.これは奉仕はあっても証がなかったことを示す.これはコリントの状況と似ている.そこには一がなく証がない.今の我々のようである.一は霊の中のものであり,つくりだすものではない.もし作ったとすればそれはバベルの塔である.霊の中にいれば一である.聖書はそれ以外に7つの一を言っている.これらの7つは一であるための因素である.
b)一の神が一の因素である.つまり人とか方法は因素とはならない.真理でさえならない.
c)ネヘミアを見たい.多くのものが入ってきた.他の人は方法がなかったが,ネヘミアは一つのことに関心を持っていた.それは証の一をどう回復すべきかということである.
d)いま欠けているは祈りである.PRは祈りにとって代わってはならない.今の時代は特に祈りが重要である.サムエルの誕生はハンナの祈りの結果である.ナジル人になる必要がある.ハンナはナジル人として捧げたのである.
e)エリの目はかすみ,その二人の息子は捧げものをむさぼった.こういう時代に祈る人を得た.ネヘミアは主に頼み,そして成功した.それは主の前で証があったからである.彼はレビ人や,祭司ではなかったが,かれが叫んだとき多くの人が共鳴した.
f)門は出入りと関係がある.望楼は見張りをし,祈る場所である.
g)一段落,一段落と修理をしていくのだ.一人でするのではない.片手に武器(戦い),片手に奉仕をもってである.戦いとは祈りである.敵とは私たちの肉である.
h)部分は全体のためである.全世界のために言う,祈りが必要である.
i)68年に香港で問題があった.その際,主な指導者が出て行った.その当時香港の青年達が一日に5−6時間祈っていた.彼らはそれしかできなかったのである.
j)エルサレムにある教会の誕生の前に祈りがあったのである.
■1989年1月24日(火) 責任者の集会で:
広○兄弟:
1)ゴシップを流さないこと.責任者は対応策を講ずるべきである.人を混乱させてはならない.過去大きな犠牲を払ってきた.日本では人を得ることは困難だからそれを壊すことは惜しい.
2)嵐は過ぎ去る.当事者は我々ではない.我々は人々を命に導けば良いのだ.
中○(E)兄弟:我々は、今、広○兄弟が行った線で一つにならなくてはならない.
ある兄弟:自分は現在の問題が何か知らない.
萩○兄弟:トカゲの尻尾きりでは駄目である.
広○兄弟:それをやってもリー兄弟をどうこうできない.ここはリー教会ではないからいずれ回復する.むしろファイトが湧いてやる気が出てきている.
神○兄弟:ノアの息子の例のように,彼(リー兄弟)が主が用いる器である.だから下手をすると我々が裁かれる.
■1989年3月6日 松○兄弟が菅○兄弟に電話して:
松○兄弟:萩○兄弟が吉○兄弟を追い出し,別の同労者を連れて来る.そのために台湾に行った.吉○兄弟は荷物をまとめている.
菅○兄弟:リー兄弟を頭に頂いたままでは何をしても無理.独立して歩むべきである.そのためにはドウ兄弟を招くべきである.どっちつかずでは駄目である.そしてすべての事実を皆に伝えるべきだ.
■日付不明 ○石兄弟姉妹に広○兄弟が交わって:
広○兄弟:
1)台湾の現状は素晴らしい.
2)リー兄弟について言われていることはすべて嘘である.例えば,
a)リー兄弟は7つの家(隠し財産)を持っている,という噂.
b)台湾に送金した金を横領している,という噂.
c)台湾で会計監査を受けている,という噂.
d)聖徒達が“リー兄弟は悪魔である”と言っている,という噂.
■1989年3月19日 中○(K)兄弟と中○(E)兄弟の交わり:
中○(E)兄弟:
1)菅○,○沢兄弟のとった行動は主の行政への反逆である.霊の一への感覚への反逆である.
2)魂の中の感覚では菅○兄弟の主張も分かる.
3)体(教会)の感覚に従うためには,自分の良心を無視することもある.
(中○(K)兄弟が自分は何等の宣言とかはしていない,と言ったことに答えて)
4)兄弟も彼らと行動を共にする以上同じことである.
■1989年5月7日 吉○兄弟が菅○兄弟に電話して:
リー兄弟の特別集会が終わった後で;
吉○兄弟:
1)昨晩責任者の集会でリー兄弟が次のように言った.
a)息子フィリップは解任したから,リビング・ストリーム・ミニストリー・オフィスとは何等の関係もない.
b)経理については会計監査の会社で行っているので不正はない.
c)法人である以上不正な給料をとれるはずがない.
d)フィリップの不品行の件については本人にしか分からない.それは事実以上に噂になってしまった.
2)菅○兄弟に戻ってもらいたい.
(菅○兄弟がリー兄弟の釈明が真実であると思うかと聞くと)
3)私(吉○),広○,萩○,あ○ま兄弟の前でリー兄弟が言ったのであるから,信じざるを得ないではないか.
さらに,リー兄弟と責任者のこの集会において,桜○兄弟がリー兄弟に対して,最近の噂に関する釈明を求めたところ,リー兄弟は,それはあなたの意見である,として取り合わなかった.