ロサンゼルス・タイムズ紙
1978年12月11日
本文書は「幻の再考」に出て来るM氏の分裂事件の記事である。77年の時も89年の時もリーのやり方
はつねに、自分にとって役立つ人物を利用するだけ利用した後、"反逆者"として排除することである。
カルトからの離脱者が親達に警告する
ジョン・ダート(宗教担当記者)
デンバー発−“地方教会”と呼ばれているあまり知られていない、熱狂的なクリスチャンの一宗派の指導権の法廷相続人とかつてはみられていた者が、カリフォルニアに拠点を置くその運動から自分達の子供を“とにかくできるだけ可能な限り”連れ出すようにと親たちに警告している。
昨年9月の引退以前は地方教会におけるNo2と目されていたマックス D。ラパポートは2カ月の沈黙を破り、彼が呼ぶところの教会員に加えられている心理学的恐れと圧力について語るため口を開いた。
地方教会は、合衆国に5,000から7,000 の会員を有し、台湾とフィリピンに何万もの追従者が存在するが、その教祖ウイットネス・リーが何年も住むアナハイムから広がっている。
リー、74歳、は電話による数少ない簡単なインタビューにおいて、ラパポートの件に関して語ることを拒否したが、教会員に対する心理的な圧力と彼の願望に教会員が従うようにとの要求の存在については否定した。
“私たちの教会においてはすべてがまったく自由である。私たちは何を考えるのも自由である。”と彼は言った。
しかし、ラパポートと他の以前のメンバーだった者達との先週の当地におけるインタビューにおいて、リーを神聖な霊感を受けた者として彼に追従する物語と、そこから離れ出たりしたときに神が彼らに加えることについての教会員達の恐れに関する話が明らかにされた。
サル・ベノイ、かれは2カ月前にそこを離れる以前、1960年代からボストンの指導者だったのであるが、電話によるインタビューにおいて、次のように答えた:“そこを出るまではなんと潜在的であるか気付かないのである。そしてそこによく居れたものであり、どうしてそれを見ることができなかったのかと気付くのである”。彼はその教会の圧力を“耐えがたいものである”と言っている。
バークレイのカルトと戦う福音主義のジャック・スパークスは、7つの宗教のグループを記述した本の中で次のように言う:“現在ある宗教のカルトの中でも‘地方教会’の洗脳は最も強力で永続的なものである。”
ラパポートは彼と妻が昨年8月に教会員らによって批判されるまでは、会員の忠誠において恐れがいかに大きな要因であるかに気付かなかったと言った。
この46歳のセールスマン上がりの男は昨年9月29日にアナハイムの教会(それぞれの教会はその町の名称を持つ)の代表とその派の非営利組織であるリビングストリーム・ミニストリーの委員から退いた。
この地域に移住し、ボルダー (Boulder) における警備の仕事を買収して以来、ラパポートは公に彼の経験を語ることを恐れの故に躊躇していたと言う。しかし、人民寺院の集団自殺についてのガイアナからのニュースを聞いて彼の心は変わったと言う。
ラパポートは、地方教会は暴力的な傾向は有していないが、神聖な天罰に対する恐れが完全に効果的に浸透していると言う。
追従者達はいくつかの例とともに、出て行った会員が神に嫌われたために、突然に死亡したり、精神病に陥ったりすると警告されている。“実際的にも私が見てきたその運動を離れた人々が、何かが自分に起こるのではないかとの病的な恐れの中で生きている”とラパポートは言っている。彼はまた圧力によって神経衰弱に苦しむ13人の人を知っていると主張した。
デンバーのミセス・ジョン・ガイガーは、精神的に衰弱し自殺を企図し、精神科医にその運動を出るようにアドバイスを受けた後、昨年3月に離れたと語った。彼女がそのセクトと接触を開始したのは1964年で、彼女がベイラー大学で卒業研究をして、その後レッドフォード大学(Va.)で女子部の学部長助手をしていた時であった。
“地方教会の女性は、男性に服従するべきであるという教義によって非常に困難な時を持つ”とミセス・ガイガーは言った。彼女自身のように離婚した女性や独身の女性は教会の長老達を自分の男性の権威とするように要求されると、彼女は語った。
優良なメンバーはテレビ、映画、新聞、そしてスポーツから自分自身を切り離すことは当り前であると教会がみなしていると、ラパポートは語る。ラパポートによると、その追従者達により“今日の地上における神の託宣”であるとして崇拝されているリーに対して会員は絶対的な忠誠を示さなくてはならないのである。
教会のスポークスマンであるアナハイムのユージーン・グルーラーは、ラパポートの言うその運動とリーの役割についての特徴づけは、“まったくの偽り”であると言った。
グルーラーは離反者達の事故と悲劇については“個人的にはいまだに聞いたことがない”と語った。グルーラーはその追従者達がリーを“無謬の神聖な霊感を受けた”者と見なしていることを“真実ではない”と言った。
リー自身もタイム紙へのラパポートの発言について、“私は彼が言ったような事は言っていない。私は聖書を伝えている。私は神の言葉にしたがって人々に教えている。”と言った。
彼が自分を特別な神の託宣であり、今日の預言者と考えるのかとの問いに対しては、彼は単に“神はご自身のしもべを通して語られる”と述べるに留まった。リー自身はそのセクトの創始者ではなく、中国において1920年にその運動を開始した、ウォッチマン・ニーとして知られているニー・トゥオ・シェンの緊密な同僚だった。
西洋の宣教団によって教えられるキリスト教に満足せず、ニーは彼の新約聖書の解釈に基づき、各市にはただ一つの教会があるべきだと決定した。
1940年代の後半共産党が権力を持ち始めたとき、リーは台湾に行ったが、ニーは大陸に留まった。アメリカのスパイ(地方教会は“嘘”であると言っている)だとして1952年に投獄されてから、ニーは釈放される予定の僅か前に牢獄で死亡した。
今日の台湾における地方教会は25,000の構成員をもつと推定されている。
アメリカにおける宣教はニーの義理の息子サムエル・チャンが1960年代の初期にロサンゼルスに移住した時に始まる。リーはチャンを幾度となく訪れ、1963年にこの国に留まることを決断した。
一つの市に教会が十分設立されると数十人のメンバーが他の市へ移住し、地方教会を開始していったのである。
それは他の宗派やカルトのように公衆を引き付けなかった。それは公衆との接触を彼らが避けたことも一因である。その教会の集会所には外観上何等の印も十字架もない。
会員達はそれのみが真のクリスチャンの教会であると考え、他の宗派の人々と接触しないように助言される。
活動的な会員は一週間に3、4 回の集会に参加すること、また“モーニング・ウォッチ”のために朝早く起きることが期待される。それは一つのよく行われる方法“祈り読み”−集会や小さなグループで聖書の句を祈り深く、熱烈に読むこと−である。サムエル・チャンはかつてこれを神の言葉を“食べる”ことであると特徴づけた。
年に2回そうすることが可能な者達は、アナハイムで行われる10日間の訓練集会に参加する。およそ3,000人が1日3回されるリーのメッセージを聴きに集まる。参加者は翌日リーが言ったことを繰り返して語ることが要求されるとラパポートは言った。参加者はテストに当たった場合、できる限り記憶するための“きわめて大きな圧迫”が存在するとラパポートは言った。ラパポートと他の離反者達によると、集会において失敗したときの屈辱に対する恐れは強い。
個人的に大切にしている物を焼くことも定期的に起きた。“私たちすべては自分の個人主義をやめなくてはならない。私たちは自分のテレビ、子供の誕生日や自分の結婚の時の写真を‘焼か’なくてはならない”、“私はそれらの多くに参加した”とラパポートは述べた。
かつてのメンバーであるミッキー・ブルースは、彼は1967年にその教会に属したのであるが、初期の頃から使用していた聖書を焼いたこともあると言った。
ラパポートはLSD使用者としての問題に巻き込まれて後、1960年代の後半にカリスマ的なキリスト教に改宗している。彼とその妻はガーデン・グローブのティーンズ・チャレンジ・センターで薬物中毒の若者達を援助していた。
しかし、1970年6月、リーの教えに印象づけられてラパポートはその教会と接触し、1976年までには彼の公衆での語り手、実業家、そしてまとめ役としての才覚によって、際だった指導者の地位を占めたのである。
グルーラーは、地方教会が一致協力してラパポートをおとしめることを否定しているが、離脱したメンバーはラパポートはユダを代表しており、より多くの権威を求めた野心家であるとされていると言う。
ラポポートは彼が厄介払いされるようになったのは、約18カ月前で、教会員によって不道徳な行為を告発されたリーの息子、フィリップをリビング・ストリーム・オフィスの長から外すようにリーに要求したところ、彼がそれを拒否した時からであると言う。
コメントをとるためフィリップ・リーに接触しようとする試みは成功しなかった。ウイットネス・リーは自分の息子はそのような罪定めに答えることは望んでいないと言った。
ラパポートはその件があってから地方教会における彼の立場が徐々に侵食されるように見えたと言った。彼の離反する最終決定は、彼が年に2回の訓練の参加費50ドル、リーのメッセージのヴィデオ・テープ代として25ドル徴収することに反対したことによって促された、と彼は言った。彼はリビング・ストリーム・ミニストリー・オフィスはそのような宗教的事柄から年におよそ400,000ドル を得ていると推定している。
ラパポートはインタビューの中で、リー自身はアナハイムにおいて重層の家に簡素に暮らしており、何等の悪徳もないことを強調した。また彼は指導者によって横領する意図などもまったくなく、政府のエージェンシーと何等のつながりもないことを強調した。
“地方教会において私が知るすべての人々は、ウイットネス・リーも含めて、真に再生されたクリスチャンである”とラパポートは言った。彼らは“私がいままで出会った中で最も熱心なクリスチャンである”と彼は言った。しかし彼自身が船が浅瀬に乗り上げたと思われるようになってから、彼はいくつかの実行について疑問を感じ始めたことを示唆した。
したがって、そのメンバー−20代から30代の時期にある者達−の親たちは彼らの子供達がそこを離れるように祈るべきであると現在は感じているとラパポートは言った。さもなければ、会員の“プログラムを解く(Deprograming)”ための議論の余地のある方法さえも必要ならば親たちに採用されるように薦めた。
ラパポートとベノイの引退は、伝えられるところによると、400人のボストンの会員から80人の離脱者を、コロラドの会員からは150名の離脱者を導いた。ある不満の感情はアナハイム、アリゾナのテンペでも報告されている。しかし、ベノイは、地方教会が一般会員の間で大きな分裂に、あるいはこの国から消滅することはありそうもないことであると言った。“それを解散させることはきわめて困難なことである”と彼は言った。